2017年9月27日
多云 4℃-16℃
世界は待ってくれない

この写真はさすらい猫が京都で撮りました。


この写真は暄夜が小吴哥で撮りました。


私たちはいったい誰なのか?
私たちはなぜここにいるのか?
人生には何が必要なのか?
生活は詩歌や絵画のようにいかないものである。
それゆえに、どうしても、
己を振り返る道を残すのだ……
――“ニューヨークタイムズ”


私はとっても旅行好き
ひとつ物語を教えてさしあげよう!とある24歳のクリストファー・マキャンドレスという名の青年は、大学を卒業した後「貴公子」のような贅沢な暮らしと手当の高い仕事を捨てて、バックパックを背負ってアラスカへ旅に出た。旅の途中、南ダコタ州のトウモロコシ農場で働くさすらいのジプシー女性と知り合ったり、メキシコへ向かう汽車に忍び込んで列車の乗組員に殴られたり……

ここまで話せばこの青年の事を「愚か者」だと思うかもしれない。それは、まさに今も多くの人が努力して求めているものを、彼は既にすべて持っているからだ。ただ、彼、クリストファー・マキャンドレスは皆が羨ましがるそれらのものを、すべて手放した。「どうして今行動するの?どうしてもう少し待たないの?と、聞く人もいるかもしれないが、その答えは明白だ、世界は待ってくれないからだ。」他人を理解し受け入れることを強制はしない、ただ自己の理想のため、自分を信じる。クリストファー・マキャンドレスは実際に行動することで彼なりの答えを示したのだ。

今、視線は私たちに集まっている!当代に生きる私たちは、2012年に訪れると伝説に聞く恐ろしい世界の終末を乗り越えた。このように幸運な私たちは、依然として外へ飛び出して旅行に出かけることの限界を自分で決めつけ、延期に延期を重ね、最後に残された時間に嘆くのである。時に、私たちには新たな一歩を踏み出す勇気が必要なのだ!私たちは旅行にいく気分で都市での生活を過ごすべきであるし、思い立ったら準備も全くしないでぱっと旅へ飛び出すべきである。下記の「女の子」、「家出記」の2つで啓示を与えよう。

路上のさすらい猫
“カウチサーフィン”、“世界一周旅行”、“格安チケット”、“ボランティア”……“さすらい猫”(以下“猫”とする)を描写するラベル文字は旅行とは切っても切れない関係にある。彼女が女性だからといって甘く見てはいけない。生粋のカウチサーフィン旅行者の猫は、既にアメリカのアンテロープ峡谷の奇妙な光景を堪能したことがあるし、日本の京都が極めて静かな美しさも味わったこともあるし、さらには無謀にもメキシコシティーを自転車でぶらぶらしたこともある……。私たちは“苦しめられる”残業や恨み言をこぼすときにも、猫は既に世界の各地に足跡を残しているのである。

「死ぬまで先が見えているような平凡な生活、考えるだけで気が狂いそう。」同じような生活の繰り返しで面白みがなかったこと、また生まれつき冒険好きな性格が猫を「駆り立たせた」。父母の反対も気にせずかつての職を辞め、理想を実現させる一歩を踏み出し、自分の旅するべき道のりに気づいたのである。カウチサーフィン方式で旅行する中で、猫は最高に面白い事を体験していた——―彼女はかつてメキシコの宿主の招待を受け、樽をひっくり返したような大雨の中200人余りの自転車仲間と、夜自転車に乗ってメキシコシティーを4 時間徘徊した。(知っておくべきだが、メキシコシティーの町の“安全度”は高くはない、たとえ昼間だとしても、強奪などはよく起こるのである。)かつてはスリリングな事件にも遭遇したことがある——―ハワイ島へ行ったとき、カウチを用意してくれた主人は見るからに“とてもエロチックで、とても暴力的な”たくましい中年男であったのだが、その家中の装飾といったら、まったく嫌な予感のするものだった。彼が猫を連れて観光地を見て回っているときに、いつも辺鄙なところをわざわざ選んで行くので、猫は“冷汗をだらだら”かいていた。女の生まれつきの勘から、猫は全く“挨拶なしで別れ”、ほかのカウチの主人に連絡した。帰国した後、猫はあのカウチの主人の情報が削除されることに気付いた。どうにかこの恐ろしい事件から逃れたのだが、“とんだ災難だった”。

2013年、猫はチベット、ネパール、インド及びアフリカに行き、奉仕活動をしつつ禅修行旅を始めるつもりだ。明確な目的地がなく、いかに旅するかの攻略もせず、できるかぎり遠く、旅に出る。言語が通じないからといって、猫の旅行を妨げる障害となるわけがない。“ボディーランゲージとGoogle翻訳、これだけで十分使える交流ツールになります。”これが猫の旅行中の体験を通して得た結論!“将来、私と一緒に旅行してくれる人を探したい。それに、旅をずっと続けて、いつか立ち止まって、適当なところで旅館やコーヒー店なんかを開くかもしれない。それか、もしかしたら私たちの子供を連れて一緒に世界の各地を旅行するかもしれない。” “グローバルな旅行者”の猫は笑いながらこう未来の夢を語ったのであった。


過去の出来事は煙のように消え去った、競争社会から抜け出そう
“定期的な仕事もないし、どんな男があなたを見初めるってゆうの!”旅行から帰り祖母を見舞った暄夜は、祖母にぐっさりと“嫌味を言われた”。しかし無理はない、かつて国有企業に勤め、朝9時から夕方5時まで仕事をし、1万元近くの高給を取っていた暄夜は“いきなり”家族に辞職をすると告げ、旅行に出かけた。周りの人に“君はまだ何の不満があるというのか?”と引っ切り無しに尋ねられると、暄夜はより一層、自分自身のこの決意を強く固めるのであった——―心の中にある好奇心を持ち続ける、世界の至る所に興味を持つ、違う場所で生活することに対して興味を持つ。この好奇心を失ってからでは、再び若いころの夢を無理に実現することがあっても、当時の幸福感を再び得ることはできないのである。

“旅にでると照れ屋になり、旅から帰ってきて対人恐怖症になった。同時に地図マニアであり、偏った趣味の美食家でもある”という暄夜は、いつも旅先で面白いことを展開する一面があった。これは“面白い”母に遺伝したためであろう。最近の一度旅行に出かけたときに、暄夜の母既はとても落ち着いており、相変わらず娘の安全を心配していたが、“くれぐれも旅の途中で出会った良い男を逃がさないようにね。”と冗談を言えるようになっていた。このとき、暄夜はカンボジアのバッタンバンのとある旅館に到着し、宿をとろうとしたが、予約が埋まっているという。しょうがないので、暄夜はオーナーに硬軟両様の戦術で頼み込み、やっとのことで夜の当番をする替わりに、無料で寝床を提供してもらえることになった。ただ、その休憩室の中ではたくさんの半裸のカンボジアの男が寝ていた。第二日の朝目が覚め、暄夜は昨晩のとても特別な寝床を写真に収めたいと思っていたのだが、予想外なことに、旅館に入るとたくさんのカンボジアの男達が携帯電話を掲げて逆に暄夜をぱしゃぱしゃ撮るのである。暄夜が個人的に分析した結論では、その小さい町の中ではおそらく中国人は彼女一人で、“稀有な人種”であったのだ。この経験は、はっきりと暄夜の記憶に残ると同時に、暄夜はとてつもなく面白いと感じたものであった。

“おどけた”性格とは打って変わって、暄夜にも静かな一面はある。暄夜のような読書家は、旅先のどこでも相変わらず本を読み続けるだろう。それは、どこかへ行く汽車の中であるかもしれないし、到着したばかりのどこかのカフェの中かもしれない。このために、暄夜はわざわざkindleを一つ買った。実施中である“張懸のように世界は素晴らしいと信じ、青峰のように優しく世界を覆す”という暄夜は、2013 年にラオス、タイ、ミャンマー、インドなどの国に遊びに行くつもりである、また、それか日本に留学し、日本を一通り遊び尽くすつもりである!しかし行先に関わらず、この暄夜というお姉さんは、一歩ずつ旅行に対する夢想を実現させている。すでに形成されている“常識”を解析することで、もう一度この世界を認知し、また自分自身を認知するのである。

いかなる旅行でも、それは生活の救いのようなものである。どんな物思いに耽る瞬間も、旅行の価値があるかもしれない。多忙の仕事や生活からしばらく離れる必要がある私たちは、クリストファー・マキャンドレスのように決別するほどやることはない。我々は最高で、最悪な時代に生まれた。すべてが思い通りになるわけではないが、自分の思うままに何でも行動できる。旅行が必ずスムーズに進むとは言いきれない――暄夜はシンガポールを離れる出国の切符を持っていなかったため、香港で出国を拒否され、呆然としながら飛んで行く飛行機を見送るという“悔しい思い”をしたことがあった。しかし、そうして得た経験は今ではかけがえのない宝である!
親愛なる皆さん、旅行という夢を本気で持つのならば、あらゆる口実を捨て、あなただけの旅に出るべきだ。「何かを信じなければ、幸福にはなれません。あなたより強く、大きなものこそ、君が心細いときに頼りになり、迷ったとき正しい方向を指してくれ、孤独なときに心の慰めをしてくれるものです。」これは『ライフ・オブ・パイ』という映画の中のセリフであるが、この言葉を旅路にある全ての友に捧げようではないか!

もうすぐすると消えてしまう観光スポット
“死んでしまった恋人には誰もかなわない。”このロジックが正しいとすれば、“消えてしまった観光スポットこそ一番美しい!”というロジックも成立するべきであろう!人間による破壊行動、地球温暖化、窃盗の蔓延などの原因によって、世界中で名が知られた観光地が、あなたがぐっすり眠っているときに、海底に沈んだり廃墟と化したりする可能性があるというのだ。今この観光スポットはまだ消えていないし、あなたはまだ若くて健康だ。さあ、以下の観光スポットを見に行こう!

1 、ネパール:サガルマータ国立公園
残り期間:12 年
特色:ネパールのサガルマータ国立公園にはラマ教を代表するニンマ派のシャーマンの修道院もあり、またここだけでしか見られない景観がたくさんある。1979年、ユネスコが最初に公布した文化遺産と自然遺産の一つである。
消滅原因:専門家の予測では、世界温暖化の進行につれて2020年に大きな災害が起き、ネパールのガザルマータ国立公園が現在のすばらしい風景が消滅するのではないかと言われている。

2 、中国敦煌:莫高窟
残り期間:50 年
特色:仏教芸術景勝地である莫高窟の中には492枚の壁画があり、洞窟内では彫像を観賞することができる、まさに仏教芸術の究極だと言える。
消滅原因:2000年から、莫高窟は毎年30 万人を超える観光客を動員しており、観光客が洞内を破壊し、壁画の剥落速度を速めたことが原因である。

3 、南北極
残り期間:50 年
特色:たとえば北極熊、セイウチ、北極ウサギのような、ここにはたくさんの珍しい動物がいる。他の場所では滅多に見られない天然の奇観、オーロラも見られる。
消滅原因:温室効果ガスによって地球全体の気温が上がり、南極、北極の氷山は既に融け始めている。直接的に現地の生態の環境にダメージを与え、現存の南北極の生物は絶滅に直面するかもしれないという危機が迫っている。

4 、エジプトのルクソール神殿
残り期間:42 年
特色:ルクソール神殿が建立されたのは紀元前14 世紀。神殿はコロネードがある一つの大広間と側宮殿から成っている。エジプト古跡の中で最も感動的で注目すべき建物の一つである。
消滅原因:ナイル川の水かさが増し、ルクソール地区の神殿を脅かしている。また、宝物の窃盗が蔓延っているのも、ルクソール神殿を保護する上で手のやける問題となっている。

5 、ペルー:マチュピチュ
残り期間:50 年
特色:考古学者から “天空の街”、“喪失の街”と称されている。毎年50万の観光客を動員するマチュピチュは、石材を木材と同じように積み出し建築に用いた古代遺跡である。天衣無縫に象嵌されており、築き上げられた偉大な石の技術は現代人が見ても舌を巻くほど素晴らしいものである。
消滅原因:ここの地質構造は安定しておらず、それに観光客の人為的破壊も加わって、石造の建物は摩耗し、遺跡下にある地盤の移動、陥没の危機が迫っている。今や一度でも小さい地震が起きたりすれば、この街が丸ごと崩壊し、崖から転がり落ちるかもしれないのである。

【調査】あなたはどんな場所に行ったことがある?
他人が計画した行程をそのまま真似して旅行しないように、それが一番素敵な冒険になる。それはまるで、適当に選んだ一つがどんな味のチョコレートか分からない時の楽しみと期待の気持ちのよう。マークしたあなたが行きたいところを一つ一つ訪れる。こんな気持ちもまるでチョコレートを食べているみたいに甘いもの!

@NicoleSama
日時:2012 年 5 月
場所:ベニスカラー島
今回のイタリア北部への旅の時間は決して余裕があるわけではないが、何としても行くべきなのはベニスにあるカラー島(Burano)。晴れ渡った午後に、カラー島の静かな通りをぶらぶら歩く。町の横丁の突き当りの小さな店には、地元の人が手作りしたマスクとレースがたくさん掛けられていて、色とりどりの店内は、装飾もまるでおとぎ話の世界のようだ。一体これは現実なのか夢なのか境界がはっきりせず、ただ密かにここに留まって余生を過ごす願望を抱かせる場所である。

@洛神白開水
日時:2011 年 5 月
場所:アルプス連峰ツークシュピッツェ山
面積も小さく国が隙間なく分布されたヨーロッパでは、壮麗な自然な風景がめったに見られないと思い込んでいたが、ドイツ南部のアルプス山脈は確かに私を驚嘆させた。あたりを見渡すと、空は洗ったように澄みきって、太陽が照らす山脈は雪が白く光って目を刺す。山頂にはさらにカフェやレストランを設けていて、さらには教会堂まである。私は2013 年に南アフリカに赴いて、大草原のしまうまにキスをし、蘭の花畑を鑑賞したいと思っている。

@Mononoke
日時:2012 年 3 月
場所:日本小樽
小樽に到着したのはもう冬の日であった。この旅にロマンチックなものにするように、雪の花びらが舞い乱れていた。よどんだ曇り空、ぼんやりした灯り、真っ白な積もった雪、これらはまるで映画のワンシーンのようである。こうした塞ぎ込んだ気分のときは、浅草橋を漫ろ歩きしよう。雪で塞き止められた運河の中に、相変わらずオシドリがぴったり肩を並べてゆっくり泳ぐ姿を見ることが出来て、愛の存在を信じずにはいられなくなる。

廬漫期
日時:2007 年 7 月
場所:九寨溝
九寨溝、それは私が思うに最も美しいところである。2007年7月に、彼女に対する無限の憧れを抱き、私は遂に初めて彼女に近付くことが出来た。一つ一つの湖は、太陽に照らされきらきらと輝き、その水をすくってみると、まるで手の中に水晶を抱えたようであった。最も奇妙なのは五彩池で、日差しがあまねく照らすときになると、本来の透き通った青い水面はすぐに金色にちりばめられ赤色に漂い、翠色に染まり紫色ににじみ、それはまるで虹が落としたパレットのようである。湖の水面は煌びやかで眩しく、光がきらきらと輝いている。