2017年11月25日
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青春のしるし

このような、人を陶酔させる景色がある――春、見渡す限りの新緑と空へといっぱいに咲き乱れる花のほほえみ。夏、高々と伸びたプラタナスが強い日差しを遮り、木陰の隅からから天地を支ええる。秋、どこもかしこも金色のイチョウの葉で溢れ、それを踏みしめ、収穫を祝う。冬、江南の残雪が青れんがの青黒い瓦の上を覆い、それは清らかできめ細かく、またその上品さに感心さえする。

これはただの平凡な景色ではない。ここには学生の慌ただしい足どりと、彼らの思い入れと未練が残されている。朝日の中のいつもの小道、夜のとばりの下きらめく電灯。かつて、ひざを抱えて話した、高らかに歌を歌った、手を繋いで歩いた、明日を約束した。あさぎ色の歳月、若いころの痕跡、生命の心に最も深くとどめた記憶を照らし合わせた。

何人もの人にあこがれ、気が狂い、残念がり、惜しむといった様々な気持ちを感じさせた場所、それが大学である。あの人の手が私の手を引き、映画館へ行き、≪青春へ≫という映画を観て、また南京の大学キャンパスを歩く、青春とはそうやって死んでいくその時まで悔いることのないものなのである。

キーワード:南京大学 グラウンド 階段
いわゆる青春とは、もしかすると男子学生はグラウンドで汗を流し、女子学生はその横でそれを応援し見守っているというものが最高なのではないだろうか。南京大学逸夫館のそばの江蘇浙江競技場は、まぎれもなく南京大学の学生達の激情溢れる青春時代の舞台である。南京大学鼓楼区へ登校するのは主に大学院生で、大学院生の学生数はあまり多いとは言えず、サッカーをする人はさらに少ない。サッカー好きの学生たちは自然とその場で親友となるというのだ。さらには片面で前半をこなし、もう片面で後半戦をする“硬い脚たち”もいる。サッカーを求め、いい試合をするため、学部を跨いで強者同士で集まったチームや、豪勢なファンを持つチームなどもある。

グラウンドの盛り上がりに惹かれたのか、自然とサッカーコートの側に対照的に黙々とした観衆たちの階段ができている。灼熱の太陽がぎらぎらと照りつける中だけでなく、ぼんやりとした小雨の中でも、そこにはいつも静かに女の子達が座っている。人知れず、彼女たちの温かい眼差しが追っているのは心から愛する彼氏かそれとも彼への想いをうまく伝えることができない格好良い先輩か……。木陰の下にかばわれるようにとても長い階段があり、そこでもグラウンドと一緒で、数え切れない南京大学の学生たちの青春のシルエットを残している。

キーワード:南京大学 北大楼
北大楼は1917年という西洋と中国の文化が激しくぶつかり入り混じった時代に建てられた。そのため、今もなお依然としてその外観と風格からその時代の脈拍を感じることができる。600年余りの歴史を持つレンガの壁にツタが絡み付き、建物全体が静かで古風で質朴で重々しい雰囲気を醸し出している。それは南京大学とこの南京という都市の品格を表しているようである。青緑色の木々がキャンパスを引き立て、高くそびえ立つ塔は不朽な見張り台のようで、“誠実、雄大、厳学、敦行”の校訓を語っている。

百年の風雨経験してきた北大楼は、今では南京大学の人々の心の中の聖地である。南京大学のほとんどすべての学生は少なくとも1枚の北大楼の写真を持っていて、まるでこうすることで初めて自分が南京大学と学びの月日を共にしたと証明できるかのようである。2002年の、南京大学の創立百周年の時は、もう白髪となった余光中さんが母校に帰り、数千人もの南京大学の教師と学生の前でしみじみとした、あふれるような気持ちを胸に北大楼に《鐘の音が語る》という詩を捧げました。“大江は東へ向かい、50年の波は振り返らず。息子は北へ帰り、振り返ったときにはすでに黒髪ではなく、白い頭。ツタは北大楼いっぱいによじ登り、藤はまだ息子の別れを悲しむ、それが北大楼に対する恋しく深い思い入れなのだ……”

キーワード:南京師範大学 美しいキャンパス 長い廊下
南京師範大学の漢口西路側の校門に、あまり目立たなく碑が刻まれている。師範大学の前身は金陵女子学院である。それは当時中国に13校あった教会大学の一つで最もよく知られた高等学府の一つであり、中国第一の大学で、中国で初めて女子大生を育成し、中国で初めて女性の大学学長を構え、“東方の最も美しいキャンパス”と称された。

あずまや、湖水、山の斜面、長い廊下は南京師範大学随園校区の有名な四大景色で、建物の間にはすべて古色ただよう長い廊下でつながっている。廊下の間の柱ごとに彩色画が描かれており、色彩が鮮明で、独特の風格がある。この廊下には景観的作用があり、一定間隔で寄りかかったり支えたりする不思議な効用もある。キャンパス全体が庭園の風景画のようで、教師も学生達も天気が悪い中外を歩くのを疎ましく思わないほどであり、これもまた一挙両得の不思議な効用である。今では南京師範大学随園校区は以前の様子のまま変わらず、古い樹も、朱色の柱も、静寂な長い廊下もすべて星たちのきらめきがめぐるように時を過ごしている。

キーワード:南京師範大学 隨園書店
東門の傍らに隠れてかつて“金陵女子文理学院”の古い建物があり、600号楼、そのそばの芝生の上にぼろぼろな木の板があって、手書きで大きく“の随園本屋“の四文字が描かれている。看板のほうに目を移すと、何段かの石段が神秘的な雰囲気と暗い照明平屋へと続いている。入り口のカーテンを押し開ければ、適当に並べられた本棚と黄ばんだ古本が現れる。手当たり次第に手に取ってページをめくる。第1版や絶版の本の多くがほぼ完全な形でここに保存されている。文学の史料だけでなく、伝記、習字の手本の画集、理科の筆記、参考資料もここで探し閲覧することができる。壁には二枚のひし形彫りがあって、さわやかな日光が窓を透けて差し込み、キャンパス内に隠れた本屋の独特な雰囲気を一層増している。

キーワード:南京師範大学 防空壕
随園の防空壕といえば、恐らく付近の住民と南師範大学の学生ならば誰もが知っているだろう。第二次世界戦争の時、日本は南京に狂気の殺戮を行った。その時、政府は市民に赤屋根白壁を灰色か黒に塗るように命令し、空爆を防ぎ、そして地下に防空壕を掘った。南京師範大学はもともと山も池もある大学だったが、防空壕は校区の西北面の山のふもとに位置しており、穴の口は隠されていて、山にしっかりと遮られ、約百米長もある。防空壕は、冬は暖かくて夏は涼しく、穴の中を歩くと、トンネルの中の音が反響し、温度は適切で、実はそう悪くない場所ある。しかし当時の虐殺の恐怖に包まれた南京城を思い出すと、このトンネルは何人をくらましたか知れず、悲しみを感じずにはいられない。

キーワード:河海大学 旋廻図書館
図書館は大学生活には欠かせない場所である。図書館に行くのは、自習や読書に限らず、過去の著名な人物と出会うためでもあり、誰しも図書館に駆けつけて行列に並んだ経験があるだろう。原来の蔵書があるころ以外に、図書館は恋愛の開始点でもある。図書館の雰囲気は静かで心地良く、暖かい。新しい知識と厚い友情が重なり、キャンパスで恋愛する二人が一緒に本を読み、親しくする光景を何度も目にする。図書館に関するロマンチックな詩がある。“私の心の中はずっとひそかに考えてる、天国は図書館のようである。”

河海大学の図書館はそこが特に恵まれているようで、館内は女子大生のスカートの裾が広がったように優雅な螺旋階段があり、小説あるいは映画のロマンチックなシーンのデフォルトを実現するかのようである。今は既に所々に長年修理されていないくたびれた部分が出てきているが、依然として河海大学の学生の心の中の“聖地”である。1986年に建てられた河海図書館は、その他の大学図書館の新しく鮮やかに輝く高級感には及ばずとも、古風で質朴な雰囲気がある。清涼山の上から見ると、図書館は環状の甲板の平面形をしていて、図書館前の広場と石段は水面と波紋を連想させる。そこは童話の世界のような雰囲気のある場所で、今も学生達が集まって読書をしたり、図書を借りたりしている。一列一列に並んだ本棚と机、貸し出しカード一枚一枚に心の底に秘めた思いがあり、懐かしい日々を思い出す。

図書館は四層の八角形の回廊から構成されており、中央には巨大な螺旋階段がある。回廊の周りは蔵書と自習室があり、どの角度からでもぐるぐるとした螺旋階段を見ることができ、そのまま最上階まで続いている。階段の真下に立って上を見上げると、幾重にも重なり合う階段の手すりが渦を巻くように上へと伸びている。日光は透明なガラスの屋根に降り注ぎ、階段の石段を照らす。一段一段階段上り、曲がったところにひそかに思いを寄せる彼とばったり会うなんてこともあるかもしれない。もしそう出会えたなら、どのように挨拶し、微笑にかけるべきだろうか、やっぱりお辞儀してそばを通り過ぎることしかできないのか……この階段はずっと、静かに降り注ぐ日光の下、黙々と代々河海大学の学生の青春を見守っている。

キーワード:東南大学 礼堂 噴水
“長江の水を飲みその源に思いをはせ、鐘楼に上り遠方を眺める。百もの河は大海原につながり、素晴らしく桂花と蘭花が香る。道理のその深いところを探り、互いに頼ればさらに馬が合う。天下の秀才は教育から生まれ、千秋万年の栄光を築き上げる。”東南大学の学生ならば、これが東南大学の学校創立百周年の記念碑に銘記された気迫ある文字を知らない人はいないだろう。また、記念碑のシンボルである蓮の花の噴水も知らない人がいないだろう。水しぶきは蓮池にカーテンのように落ち、傘のようである。池の水面は紺碧色で、東南大学生のさかさまの影が映る――また、親しい恋人同士が水をすくって遊び、独りで苦学に専念する学生たちもいる。

泉が湧き出る池の真北、ヨーロッパのルネッサンスの特色をもった銅緑色の建物はそこらでとりわけ目立っている。キャンパスセンターのヨーロッパ古典風の講堂はすでに東南大学百数年の大半の歳月を見守ってきた。今日に至るまで、学生が群をなして中央大道を行き、道のプラタナスも冬夏の入れ替わりごとに落葉したり緑に輝いたり、一年はめぐる。当時の高層の会議を行っていた建物は今となっては歌や、新劇、コンサートなどといった学生の各種活動や催しの場となった。しかし大講堂の神聖さ、厳粛さ、厳かな様子は変わることはない。

また一年がおわり、卒業の季節が来た。再びキャンパスを歩き、花のような笑顔の学生が学士服を纏い飛ぶように駆け回る姿を見ると、誰もがかつて経験した懐かしい日々浅黄色の日々を思い起こすことだろう。大学に関しては、青春の跡が多すぎる、大礼堂の中で歌って踊りながら催した歓迎会、階段に集まっていたタバコを吸う男の子達、噴水の周りで悠然としていた白ハト、自習室の扇風機、給水部屋の壁の隅に並べた魔法瓶、食堂の中で反響する騒がしい方言、寮の窓に干された色鮮やかなパンツ、練習問題の中に書き綴った古いラブレター……さらば、大学、さらば、青春。